偉い人の暴言 - CEDEC2020 のその先に必要となる関連業界の行動指針

今の仕事は「えらいひと」、というのは役職者としては存在するのですが、リーダーであり経営者であり、という立場であって、暴言というか「いかがなものか」という視点であったとしても、ライブエンタメという新たな事業のチャレンジにおいて整合性が取れる世界に生きていてとても幸せではあります。

話題としてはCEDEC2020です。現状のPERACON審査員叩きや、所属組織によるリリースは感情吐露でしかないですし、単に謝罪しても延焼が回り回って皆の所属組織や業界全体の不利益になると思います。

遠藤さんは私の心の師匠である事は自身の著書でも書かせていただいておりますし、小学生時代に出会った「こんにちわマイコン」で描かれた遠藤さんがうらやましくてこの業界に入った経緯があります(そういう人は少なからず私の世代にはいると思います)。それは真実であろうが、プロモーションとしての演出であり、真実でなかろうが、当時の少年だった私の心を動かしたエンタメの魔法であり、それは私にとって真実です。

そしてその神様いまは母校の現職の教員でもあります。

そうやって、人類は精神的支配から自立し、新たな挑戦に向けて歩んでいけるものと考えます。

(それは神様側も同じことかもしれません)

しかしその受ける主観的な影響についても変えようがない、違和感を感じる人は違う世界に行くか、世界を変えていくしかない。

母校の卒業生がどんな気持ちでこの騒動を見ているかを思うと複雑な気持ちですし、いち学生や卒業生が何かできたとしても微力どころか炎上に油を注ぐ側にしかならなことは想像できます。

なにより私自身、CEDECはGDCに初めて参加した2000年ごろから「海外ゲームエンジニアの交流文化との乖離」を強く感じて参加しています。同じころ、新清士さんと同じような感動を受けIGDA日本を立ち上げていらっしゃいます。そんな経緯もあってCEDECは2000年よりほぼ毎年20年来参加してきました。ここ10年ぐらいは毎年インタラクティブセッションを中心発表者として参加者と交流してきたので、今回の苦労や断腸の思いの末に出来上がったCEDEC2020の後味としては本当に残念でならないです。

「叱咤する激励」は、昭和から平成にかけては有効な面もあったと思うのですが、それに対して組織が「謝罪」をしても、そもそも何が罪なのか明確にはなりません。もしかすると、一時の感情に対する個人攻撃を伴うごく小規模な消火活動にしかなっていない可能性もあります。業界や組織としては問題を分析して継続的かつ連続的に変化していく姿勢を示していかないと、より大きな瓦解を起こすのかなと感じています。

今回、筆を執ってあらためて提案させていただきたいのは「Code of Conduct (行動指針)」や「アンチハラスメントポリシー」の整備です。これらはオープンソースや国際会議に関わる開発者なら必ず視界に入っているはずで、まずは「知りませんでした」では済まされないところに置いておくべき時代が来ています。

行動指針は存在意義として掲げるもの。

個々の組織に所属する人々を代表した謝罪なども、その行動指針に反している場合に照らし合わせて行われるべきです。

‪会が何のために存在するのか?‬ ‪誰のためにやっているのか?が示され、‬ ‪お互いが尊重されるように整備していかないとどの団体でもいずれ起きる問題でしょう。

そう、みなさんの会社、学校、学会や業界団体のことです。

これらを整備する事で、感情論、謎の差別や、そもそも会とは関係がない人々との衝突回避など

無意味な非効率が解消され、より新しく柔軟な組織が生まれる種となります。

まずは行動指針、みんなで読みましょう。

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