論文を査読者視点で完成させる(上級者編)

この時期になると書きかけの論文を読むことが多くなりますね。

主著者として、共著者として、指導者として、そしてあるいは査読者として。

論文を査読者視点で完成させる、というメソッドをまとめる機会がありましたので書き綴っておきます。

(上級者編)「査読者として読む」

上を目指す、特に博士取得やその後ポスドク研究員など、職業研究者に向かうような方は、できれば一執筆者だけでなく「査読者として読むモード」に切り替えてみる習慣をつけましょう。

(余談)査読者は「怖い存在」なのか

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多くの初学者にとって査読者は「怖い存在」かもしれません。 しかし考えてみてください、あなたが査読付き論文を1本通せば、そこには最低でも2~3名のピアレビューア、つまり同じような「分野に関わるライバル(かもしれない)研究者」がいます。 彼らは、あなたの論文を「絶対ぶっ潰す!」というつもりで読むかもしれませんし、「まあいいんじゃないの~?」というユルい感じ、もしくは「この論文が採択された時に、読者である後進の研究者にどんな貢献ができるか?」という建設的・教育的視点で読むかもしれません。 査読ポリシーやその学会の査読基準などに書かれています。 そして『絶対ぶっ潰す!』という視点だけでコメントを書いていると、最近だとハラスメントと間違われる可能性もあるので、そういう査読コメントを受け取った人は、一度学会の行動規範(code of conduct)やアンチハラスメントポリシーなどを見直してみましょう。そういうマナーやポリシーが整備されていない学会の場合は、査読を引き戻すぐらいの勇気があったほうがいいと思います。 この手の学会のエディタとして担当する人は、細心注意して査読者の姿勢を見てあげる必要があります。強い査読コメントで殴られて育った人が、知らないうちに他者を殴っている場合があります。 学会の論文委員会の目的としては「よい論文が生まれればいい」なのでしょうが、 学会として「殴ることでしか研鑽方法を知らない」という団体になると、新しく多様な人材がほとんど入ってこなくなり、採択される論文も出身研究室などが限られて行き、矮小な分野に限られて行く傾向になりますので、 そのあたりにも注意が欲しいところです。 もし、その学会において「査読者が怖い存在」なのだとすると、その時点で学会運営側は、いろいろコミュニケーションを見直していく必要があると考えます(が、これはまた別の機会に筆を執りたいと思います)。

今まで書き上げてきた論文を叩き切る3つの方法

締め切りと戦う日々の中で、 査読者視点で読む、つまり「今まで書き上げてきた論文を叩き切るような行為」はなかなか難しいです。

まず「頭の切り替えがきかない」。建設的な思考から批判的思考に切り替えることが難しい。

次に「時間的に難しい」。もし批判的な視点や穴が見つかってしまったら、修正にどれぐらい時間がかかるか考えたくもない。

最後に「(著者としては)”そもそも論”が出てきてしまったら指摘しづらい」。

…と、大きく分けて3つぐらいの問題があると思います。

なので、以下のマインドをセットしましょう。

(1)頭の切り替えにかかる時間やタイミングを見出す

(2)時間制限有でロジックに沿ってレビューする

(3)”そもそも論”が出ることを歓迎する

以下解説です。

(1)頭の切り替えにかかる時間やタイミングを見出す

(1)の「タイミング」は例えば休み明けや月曜日、午前中など、「論文を寝かせた後」としましょう。 もしそれが難しいなら、英文校正や社内レビューの機会を使いましょう。 理想を言えば「共著者や主著者の都合」を考えていきたいところですが、ここはカレンダーを前もって見たほうがロジカルに設定できます。 締め切りの1週間前、もしくはトップカンファレンスのフルペーパーなら「1か月前」といった期間に設定しましょう。 ここで論文を投稿するストラテジーが変わったとして、それが良い方向に行く場合もありますから。

(例)『あれ?こんないい論文なら、この学会に出すよりこちらのトランザクションに出したほうがいいよ』など…。

逆に「明日締め切りなのですが」といって持ってくるのが共著者やレビューアーにとって最悪です。 読む側のマインドとしても最低のところからスタートすることになりますし、かけた時間に対して質の向上が期待できない可能性や、さらに今後の仕事進め方や信頼関係にヒビが入ります。

(2)時間制限有でロジックに沿ってレビューする

時間が有限であれば、共著者のあいだで、チェックロジックを設定して時間制限有でやってみるといいでしょう。

  • 概要が論文の全体を表現できているか?
  • 初めて出てくる単語は定義されているか? もやもやとした使われ方をそのまま使っていませんか?そのような単語の定義がきっちりできていれば、それだけでも価値がある論文になります。
  • 大事な主張をセクションの最初に書いているか?
  • 主節と従属節が入れ替わっていないか?(日本語話者にありがちなミス)
  • 英語話者にとって、誤解を招く表現になっていないか?特に一般名詞をキャピタルにするとき、古英・中英語の動詞使うときなど。
  • 冠詞・定冠詞チェック。「これは本当にtheかどうか?」既に話をしているのかどうか、例えば「書いたつもり」でも校正の過程でカットしてしまった要素をtheで受けてしまうことなどもあります。また逆に「theが入っているべきところにtheがないとき」は、読み手からすると「ここまでそういう話をしてこなかった人が、あたかもここまで書いてきたかのような話をしている」という印象を受けます。また機械翻訳で作った場合にも theが入るべきところに入らない事が多いので注意が必要です(上記の白井流のスプレッドシートを使うメソッドだとtheにはならないので特に注意)。
  • 「目的の目的」はどこか、なぜそんな研究をしたいと思っているのか?(motivationとか目的といったセクションでの目的共有が1-2章でできているか)
  • 論文を読み通して「目的が達成されたのかどうか?」→これは査読者が査読コメントとして書く必要があるときがある。論文の概要や査読コメントとして「この論文は~について、~を達成している」と書けるかどうか。
  • conclusionと冒頭の目的がマッチしているかどうか?→査読コメントに「達成しているようではあるが、どこにも『達成した』と書かれていない」とコメントできてしまう論文になっていないか?日本語話者には、何故か「達成した」と書かない人がいる。
  • 概要が論文の全体を表現できているか?(再度読みなおします)
  • タイトルが適切か?(再度、投稿ストラテジーとともに確認します)

(3)”そもそも論”が出ることを歓迎する

なかなか他人視点で指摘するには心苦しいところもありますが、上記の(2)のロジックは共著者とともに多少のカスタマイズを施してから、ストラテジーや投稿先の学会の難度などと照らし合わせて実施するとよいと思います。

「そもそも論」が出たときには、辛いですね。

でも、ロジックに沿ってその重要度を設定していくと、意外と発見になります。

「この点についてはこの論文では、割愛しよう」

「ここを解決するなら、この学会ではなく別の国際会議に投稿したほうがいい」

そういったディスカッションになれば良いと思います。

まちがっても「そもそも論はやめておこう」というチームにならないように気をつけてください。

少なくとも、論文単体で上から下まで読んで「情報がない」とか、「恣意的」という視点で指摘されちゃいそうな箇所については、主著者である人は、書き手として手を抜くことなく、スキル向上を意識しつつ管理する習慣やテクニックを身に着けていってください。

Google Spreadsheetを使う方法は発案者の自分としても「魔法の杖ではない、特に語順と定冠詞」と言っておきますが、語句の定義やコメント機能など、便利な使い方も開発継続しています。

みなさんのテクニックもありましたら、Twitter等で教えてください。

余談:かつて書き散らかしてきたブログを更新したい

正直なところ、かつて書き散らかしてきたブログを更新したいです。

かつて「卒論が1ミリも進まない4年生におくる,TeX卒論サンプル」や、「新しいGoogle翻訳とスプレッドシートを使って国際会議への執筆をスマートにするついでに英作文力を高速に身につけるハック」がバズり、GIZMODOさんに「国際論文連発の研究室が明かす、英作文超ノウハウ。Google翻訳ってスプレッドシートから使えるんだ!」という記事にされたりして、学部4年生やはじめて国際会議に論文を書くような初学者向けに、『ハードルが下がる』ブログ記事として書き散らかしてきた実務家&教育者としては、そろそろ『より質の高い論文を書くには』という視点でこれらの記事をアップデートしていかねばならないと思うようになってきました。

とはいえ、私自身はフルタイムの大学教員ではありませんし、TeXはOverleafしか使わないし、研究者としてのスコアはあまりメンテしていないGoogle Scholarで論文353件、 H-Index=9、ResearchGateだと 68本204引用程度の存在です。

特に、スプレッドシートで英語論文を書くテクニックは「英語は大事な文章を最初に書く」という大原則を頭に入れてから使ってほしい。

お願いだから日本語の順番でGoogle翻訳なりDeepLなりを通しただけの英語で、海を越えられると思わないでほしい…。

そんなわけで正直なところ、かつて書き散らかしてきたブログを更新したい。

(しかし手を入れてしまうと2022年的な視点や文体になってしまう、校正すればするほど文章の勢いは失われていく。 ブログの読み手に取って必要なものは「正しくて正確で間違いがない論文」ではなく、「次に何をすればいいかがわかる、もしくは有効なダウンロードURL」程度の情報なので、更新するより、これを上回るような有力なアーティクルを書いてGoogle度を高めるぐらいしか方法がないのかもしれない。)

全く偉そうなことを言う気は無いので、若くて優秀な皆さんは 「そういうやり方もあるのだな」ぐらいの認識でよいと思います。

とはいえ、そのレベルにある人は木下是雄先生の「理科系の作文技術」(1981)や、筑波大学・落合陽一先生の「グループワークの進め方、サーベイのやり方」(2015)の44ページ以降などは視界に入っているし、常に頭に入っていることでしょうし、最近芸術科学会・学会誌DiVA51号で「アート系論文:書き方と執筆のススメ」という特集もありますので、基本的なことを確認したい人がいたら、そちらをまず読んでいただけると理解が深まってよいと思います。

(おまけ・初級編)自分の論文を他人視点で読む「和文論文を音読する」

さて今回は若手を指導していて、「なかなか熟練の論文書きにならないとできないこと」がある気づきがあったので筆を執りました。 「論文の書き方」を手法として学んだとしても、『他人視点で読む』という習慣の獲得はなかなか難しいので、 まずは執筆時間に余裕を取りましょう。これは前駆時間を長くとるのではなく、後ろのレビュー期間を長くする、ということです。

そして論文を仕上げるとき、必ず最後の工程で「他人視点で読む」をやりましょう。

実はここまで書きましたが、初心者向けのテクニックも紹介しておきます。

いちばん簡単な方法は「音読してみる」です。 これはとくに和文論文の文法チェッカーとして有効です。 書くだけならバリバリ書けますが、いざ声に出して読んでみると、助詞がおかしかったり、主節従属節がおかしかったり、読点が多すぎたり、用語がブレていたり、文体がブレていたりすることにすぐに気が付きます。

(これはなかなか不思議な現象でもあるので、ちゃんと研究した人がいるなら論文を読んでみたいです)

よい論文執筆ライフ(人生)を!

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